プロローグ
それは時間にして、せいぜい十秒か十五秒のみじかいあいだのできごとだったし、なんの前ぶれもなく起こった現象だから、目撃者もすくなかった。その時刻、空を見あげていたひとだけが、このきみょうな光を目にすることができたのである。
ところは瀬戸内海にめんしたミドリ市、四月はじめの、おだやかな夕暮れだった。太陽は西の山にしずんでいたが、空はまだ明るく、東方には、白い月がのぼっているのが見えた。
町の幹線道路では、夕がたのラッシュがはじまり、交差点に、長い車の列ができはじめていた。
午後五時二十三分、町の南、瀬戸内海の上空に、ニ、三度オレンジ色の光が明滅した。
さいしょは航空機の翼灯ほどの小さな光だったが、数回点滅したのち、きゅうに明るさをまし、光の大きさも、月の約半分ほどにふくらんできた。そして、かなりのスピードでミドリ市の上空をななめによぎり、市の西部、花山町の背後によこたわる高取山の上、約五百メートルの位置で静止した。高取山は、標高四ニ六メートルだから、光球は、だいたい九百から千メートルの高度を保っていたことになる。
その後、この物体は、およそ五秒間、オレンジ色の光をはなちながら高取山の上空にとどまっていたが、出現したときとどうよう、ふいに消えてしまった。
さきにも書いたとおり、光があらわれて消えるまでの時間は、十数秒だったが、この間、市内のラジオをはじめとする、あらゆる電波機器が、はげしい雑音にみまわれ、テレビの画面もひどくみだれたという。
この事件は、その夜のうちに、ローカルニュースとして報道されたが、光の正体については、なんの発表もされなかった。なにしろ、あっというまのできごとだったし、目撃者もかぎられていたから、調査のしようがなかったのである。その時間、ミドリ市の上空を飛行した航空機は、まったく存在しなかったこと、光の出現した時刻に、はげしい電波障害が起こったことから、ある種の気象現象、たとえば球雷とよばれる、球形のかみなりではなかろうかということで結着した。
しかし、こうした常識的な説明以外に、市民のなかから、あれはUFOではなかったか、といううわさがたち、球雷説いじょうの確信にみちた意見として、市内にひろがっていった。
(続)