心やさしき王子
ヤマトの国は倭国の中心として、朝廷の置かれている場所だ。広い盆地のまわりを低い山がとりかこみ、「たたなずく青垣 山ごもれるヤマトうるわし」と謳われる美しい土地だ。
その盆地の東にある「山之辺の道」と呼ばれる山道を、馬の集団がゆっくりと進んでいた。ヤマトの大王のオオタラシヒコとその王子たちの一行だ。大王家の力を示すように、数多くの兵士を引き連れている。
「そうだな、このあたりがよかろう」
先頭をいく大王オオタラシヒコが、あたりを見まわした。白髪の老人だが、その目は、各地で激しい戦いを勝ち抜いてきた証だろうか、鋭く光っている。
「ここにおれの墓をつくる。今までにない、誰も見たことがないような大きな墓をな。のちの世の者たちが、このオオタラシヒコの偉大な力を胸にきざみ、たたえることができるように」
「それはよろしいですな、父上はその栄誉にふさわしいお方です」
大王オオタラシヒコにつきしたがう王子たちが、いっせいに父親をほめたたえた。
「父上は数多くの戦いで、逆賊どもを討ち滅ぼし、ヤマトを揺るぎないものにされたお方。その栄光にふさわしい奥つ城を築くべきでしょう」
「父上の葬儀の折には、わたしの領地にいる第一級の語り部に、父上がおこなわれたツクシやクマソへの遠征の物語を語らせようと思います」
「ならば、わたしは父上の武功をたたえる歴史書をつくって、献上いたします」
父王の機嫌をとろうとする王子たちの言葉に、年老いた大王は無表情にうなずいたが、その口もとにはまんざらでもなさそうな笑みが浮かんだ。
「大王さま・・・・・・」
そのとき、槍をもったふたりの兵士がおずおずと大王の前に進み出た。ひとりは小太りで背が低く、もうひとりは背の高いやせた男だ。兵士ふたりのうしろには、まだ幼い印象の若者がそっぽをむいて立っていた。繊細な感じのある、目鼻立ちのととのった華奢な若者だった。
若者を見た大王の顔から、笑いが消えた。
「またおまえか、オグナ!」
大王は馬の上から、自分の息子をどなりつけた。この若者も、大王の王子のひとりで、名をオグナといった。
「こやつ、今度は何をやりおったのだ?」
「はい。大蔵司さまが、農民どもから税の米を集められていると、オグナさまがいらっしゃって『やめろ、この人たちにはもう食べるものがないんだ』といわれるのです。オグナさまがどうしてもおゆずりにならないので、大蔵司さまはこれでは仕事にならぬと、わたくしどもを呼ばれたのです。しかし、王子のお相手は、われらには務まりませぬ。そういうわけで、オグナさまを大王さまのところへお連れしたのです」
オグナは父王の顔をまっすぐに見上げた。
「父さん、今日こそはいわせてください。われわれ大王の一族は、ヤマトの民の暮らしを守るのが務めのはず。しかし、度重なる税や労役に耐えかね、民は苦しんでいます。なぜ父上にはそれがおわかりにならぬのですか?」
「うるさい! 理屈ばかりの役立たずめ。おまけに、女のように笛や歌だけが得意ときている。少しは剣の使い方でも練習したらどうだ」
「剣は人を殺めるものです。ぼくは使いたくありません。それよりぼくは人を生かすことをやりたいのです」
「なんじゃと? おまえのいっていることはさっぱり理解できん。本当にわけのわからぬやつだ」
「そうだ。この大王一族の面よごしめが」
王子の中で一番年上のオオウスが、馬の上から見下すようにオグナをののしった。オオウスはぶよぶよと太った、見るからに傲慢そうな男だ。
ところが大王は、オオウス王子のほうをにらみつけた。
「それはおまえも同じだろう! この国には、いまだにこのおれに楯つくクマソのやつらがおる。オオウス、おまえはわが跡継ぎではないか。おれにかわって兵士を率い、クマソを攻めるくらいの気概はないのか!?」
「ち、父上、それは・・・なにせクマソの地は遠いですし、わたしの体では馬に長いこと乗ることもできません。それに長男であるわたしには、ヤマトにいて父上をお守りする責務がございますし、クマソのような僻地にいくわけには・・・」
オオウスの口から出てきたのは、ひたすら言いわけの言葉だった。
「ふん、口だけは達者なやつめ。ええい、誰かおれのかわりとなって、クマソ征伐をなしとげようという者はおらぬのか!?」
父王のことばに、オオウスだけでなくほかの王子たちも、みな下をむいて黙ってしまった。
(続)