作家紹介

こどもの本を考える:西本鶏介
No.99『君たちはどう生きるか』の読まれ方のこと

君たちはどう生きるか』、このストレートな問いかけをタイトルにした本が中学生たちに広く読まれていて、現在「毎日中学生新聞」でその感想文を募集中です。しかし、この本が「日本少国民文庫」(一九三五年『心に太陽を持て―胸にひびく話二十篇』山本有三を第一巻として十六巻を新潮社から刊行)の最終巻として出版されたのはいまから六十五年前、日中戦争が始まった一九三七年七月。いわゆる名作物語でない生き方論ともいうべき啓蒙書が戦中・戦後を越えて読みつがれてきたことになります。

ちなみにこの本は山本有三が執筆予定だったのを目の病気のため、哲学者だった吉野源三郎が彼に代わって書いたといわれています。ぼくが国民学校時代に読むことができたのは『心に太陽を持て』のみで、『君たちはどう生きるか』は当時の国粋主義に反する本として読まされませんでした。はじめて読んだのは戦後、高校生になってからです。自由な社会とはなにか、友情とはなにか、軍国教育を受けた少年には自分らしく生きることの大切さを教えられたような気がしました。

この本が今日の中学生たちに受け入れられるのは教養小説風な啓蒙主義精神がこめられているからではないでしょうか。戦後、啓蒙は押しつけのように誤解され、大人たちが自分の信念をしっかりと伝えることを怠ってきました。近頃出版される中学生向きの小説は、ほとんどが登校拒否やいじめをテーマにするだけで、主人公の葛藤は描いても、彼が学ぶべき哲学は提示されません。真の啓蒙とは未成年が理性の力で自信と勇気を持って逆境に立ち向かうこと、ひらったくいえば自立精神の確立へ導くことです。『君たちはどう生きるか』にはコペル君の感情教育者として頼りになる「叔父さん」がいます。もはや小説では得られない具体的な生き方の提示があるからこそ読みがいのある本になるのです。こどもに同情するだけでは、すぐれた小説は生まれません。

西本鶏介(にしもとけいすけ)

1934年、奈良県に生まれる。児童文学の評論・創作・民話研究など幅広く活躍。各種の児童文学賞の選考委員をつとめる。昭和女子大学文学部教授。各ジャンルにわたって著書は多いが、読み聞かせのための本として『読みきかせ日本昔ばなし(10巻)』(小学館)『童話が育てる子どもの心』(同)『子どもとお母さんのためのお話(日本・外国)』(講談社)、『こどもと大人のためのメルヘン・グリム童話(1)(2)』(ポプラ社)、絵本に『お母さん、ひらけゴマ!』(同)などがある。

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