作家紹介

こどもの本を考える:西本鶏介
No.138庶民の暮らしを描く絵本

ぼくは近代的な都会の風景よりも昔のたたずまいを残す田舎の風景の方が好きです。そこには都会では見られない伝統があり、それを大切にして生きている人たちの生活を知ることができるからです。自分の故郷でなくとも、いつか、どこかで出会った人情のぬくもりとなつかしい光景をいきいきと思い出させてくれます。

ヤンヤンいちばへいく』(ポプラ社)は、初めて日中同時刊行された、中国人作家の描いた絵本だそうです。おばあちゃんの誕生祝いに両親とともに田舎へやってきた男の子、ヤンヤンが、おばちゃんのこぐ小舟で出かけた町の、活気に満ちた市場の光景や、そこに集まってくる人たちのようすを淡々と描いています。ドラマチックなストーリーがあるわけでもなく、独特の色彩や表現力を持つ絵でもありません。正直いって少し地味でクラシックなタッチで町に生きる人たちの姿を素朴に描いているだけです。それなのに、いや、それだからこそ、どの画面からも庶民ならではのあたたかな感情と生活のにおいがいきいきと伝わってきて、ヤンヤンといっしょにこのすてきな町を歩いている気分にさせられてしまいました。中国には行ったことがないぼくなのに、江南の小さな町にふしぎななつかしさを覚えるのです。

《露天市場はスーパーマーケットに変わり、品数が豊富になり、清潔で規格がそろった食べ物がならんでいます。でも、かつてのあたたかく親しみのある雰囲気は失われています。こうした哀惜と追憶を胸に、私は『ヤンヤンいちばへいく』を描きました。》と、作者の周翔さんがパンフレットでのべるように、幼年時代の忘れられない記憶がこの絵本を描かせ、その思いのこもった絵本だから、ぼくまでも感動させたのです。

絵本にもさまざまなものがあります。しかし、面白くて子どもをよろこばせるばかりが絵本ではなく、人間らしい暮らしとはなにかをしみじみ教えてくれる絵本もあるのです。

西本鶏介(にしもとけいすけ)

1934年、奈良県に生まれる。児童文学の評論・創作・民話研究など幅広く活躍。各種の児童文学賞の選考委員をつとめる。昭和女子大学文学部教授。各ジャンルにわたって著書は多いが、読み聞かせのための本として『読みきかせ日本昔ばなし(10巻)』(小学館)『童話が育てる子どもの心』(同)『子どもとお母さんのためのお話(日本・外国)』(講談社)、『こどもと大人のためのメルヘン・グリム童話(1)(2)』(ポプラ社)、絵本に『お母さん、ひらけゴマ!』(同)などがある。

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