作家紹介

こどもの本を考える:西本鶏介
No.137戦時下を生きた少年の物語

毎年八月がくるたび、あの忌わしい戦争を忘れないための、平和を祈る行事が開かれます。しかし、戦後六十一年、戦争体験は風化するばかりで、戦争の痛みを知る日本人はめっきり少なくなってしまいました。児童文学の世界でも、かつては戦争児童文学と呼ばれる作品がたくさん書かれていましたが、いまや戦争体験をテーマにした作品はほとんど見かけなくなりました。若い作家にとって戦争は歴史上の出来事であり、それを描ける作家が亡くなったり、年老いてしまったのですから、当然のことかもしれません。

ところが昨年出版された、小林信彦の『東京少年』(新潮社)を読んで、戦争体験は決して風化しないという思いを強くしました。児童文学として描かれたものではありませんが、戦時下に生きた少年を描いた作品として、まぎれもなくすぐれた戦争児童文学として読むことができます。東京の日本橋にある老舗の和菓子屋の跡取り息子である主人公が国民学校六年生の時の学童集団疎開と中学生としての個人疎開のきびしい生活の中で、戦争と向き合う姿をリアルに描き出した自伝的作品です。

疎開を書いた児童文学をいえば柴田道子の『谷間の底から』や長崎源之助の『ゲンがいた谷』などを思い出しますが、疎開生活の過酷さをこれ見よがしに描くのではなく、戦中・戦後の激動期の中で多感な少年がなにを考え、いかに生きてきたかを語る誠実な物語として説得力があり、疎開少年の貴重な戦争体験記録ということができます。ぼくも作者より一つ年下だけに、作品の中の出来事が痛いほどに感じられ、少年の日の記憶がありありとよみがってきます。

戦争という悪事は人を殺すばかりでなく、どんな善良な人間も悪魔に変えてしまいます。そんな環境の中でも必死にがんばり続けた子どもたちのいたことを忘れてほしくありません。今日の子どもたちにも、ぜひ読ませたい本の一冊です。

西本鶏介(にしもとけいすけ)

1934年、奈良県に生まれる。児童文学の評論・創作・民話研究など幅広く活躍。各種の児童文学賞の選考委員をつとめる。昭和女子大学文学部教授。各ジャンルにわたって著書は多いが、読み聞かせのための本として『読みきかせ日本昔ばなし(10巻)』(小学館)『童話が育てる子どもの心』(同)『子どもとお母さんのためのお話(日本・外国)』(講談社)、『こどもと大人のためのメルヘン・グリム童話(1)(2)』(ポプラ社)、絵本に『お母さん、ひらけゴマ!』(同)などがある。

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