作家紹介
こどもの本を考える:西本鶏介
No.133新訳がいいとは限らない
いま子どもの本の世界ではちょっとした新訳ブームで、これまで長い間親しまれてきた外国の古典的作品がつぎつぎと新訳書に変わりつつあります。 記憶に新しいのが『星の王子さま』の翻訳本。昨年原作の著作権保護期間が満了したこともあって、なんと各社から五種類もの新訳書が出版されました。しかも、この本に限ったことではなく、 ケストナーの『飛ぶ教室』、ワイルダーの『大草原の小さな家』、ダールの『チョコレート工場の秘密』、さらにはデンマーク語からの『アンデルセン童話』など、たくさんの新訳書が出ています。
新訳に変える理由は、文体が古すぎて今の子どもに読みづらいとか、差別的な表現を改めるためとか、いろいろありますが、中には時代の感覚にあわない翻訳のせいで子どもの読書力がおちたからという人もいます。果たしてそうでしょうか。たしかに簡潔で新しい言葉は読みやすいけれど、それを訳者のせいにするのは考えものです。すぐれた文学として原作の微妙なニュアンスを伝えるにはそれなりの表現力が必要で、子どもになじみのない言葉も使わなくてはなりません。訳者には、語学力以上の作家的能力も必要です。
例えば『星の王子さま』。何冊か読み比べてみましたが、やっぱり内藤濯訳がいちばん心に残ります。長年読みなれてきたからかもしれませんが、やわらかくてあたたかく、日本語の美しさを感じさせてくれます。「ぼくは幼すぎて、花を愛するということがわからなかった」(倉橋由美子訳)より「ぼくは、あんまり小さかったから、あの花を愛するってことが、わからなかったんだ」という内藤訳の方がはるかに情感があります。なんでもかんでもお馴染の旧訳がいいというつもりはありませんが、古いいいまわしや少し難解なところがあっても、それをじっくり味わうところから子どもの読書力がレベルアップするのです。新訳が出たからといって旧訳の本は捨てるのではなく、名訳はいつまでも大切にしたいものです。
西本鶏介(にしもとけいすけ)
1934年、奈良県に生まれる。児童文学の評論・創作・民話研究など幅広く活躍。各種の児童文学賞の選考委員をつとめる。昭和女子大学文学部教授。各ジャンルにわたって著書は多いが、読み聞かせのための本として『読みきかせ日本昔ばなし(10巻)』(小学館)『童話が育てる子どもの心』(同)『子どもとお母さんのためのお話(日本・外国)』(講談社)、『こどもと大人のためのメルヘン・グリム童話(1)・(2)』(ポプラ社)、絵本に『お母さん、ひらけゴマ!』(同)などがある。

















