作家紹介
こどもの本を考える:西本鶏介
No.130子どもの日の不思議な記憶
いつの時代も子どもの情感ほど豊かなものはありません。大人にはありふれた現実の出来事であっても摩訶不思議な出来事として深く心に残ります。あえていうならそういう体験や記憶を持ち続けている人でなくては、すぐれた子どもの文学を書けないような気がします。不思議さといえば、すべて非現実の出来事にした、全くリアリティのないファンタジーがなんと多いことか。子どもは空想が好きといっても常識的な絵空事ではどうにもなりません。どこを舞台にしようが、小説は人間の心の風景をいきいきと描くのが基本です。
子どものために書かれた小説ではありませんが、第百三十三回直木賞を受賞した朱川湊人の『花まんま』は子ども時代の名状しがたい感性を通して、この世の不思議さを見事に描き出した悲しくもあたたかな物語です。全部で六編の作品を収めてあり、いずれも作者の生まれ育った大阪の下町に住む少年少女を主人公にして、大人になった私の思い出という形で描かれています。一九七〇年の庶民生活が活写され、身勝手な大人とかかわりながらも不条理な現実にひそむ不思議さを子どもならではの目でとらえ、ドラマチックな物語に仕上げています。つまりは子どもの心の風景を空想化するのではなく、空想にも似た出来事を鮮やかに現実化してみせるテクニックに注目させられたのです。例えば「トカビの夜」。長屋式の賃貸住宅に住み、いつも一緒に遊ぶ仲間でありながら大人たちの感化で、朝鮮人の兄弟を差別してしまった子どもの日の体験を、屋根から屋根へと飛び跳ねるトカビ(朝鮮のお化け)の幻想に託して描いたものですが、いわれのない差別の中で生きる兄弟の哀歓と大人になってもそれを忘れない「私」の思いがしみじみと伝わってきて、このまま子どもの文学としても読むことができます。ほかの五編も内容はともかく、あり得ない不思議な出来事があり得べき人生の出来事として実感ができる子どもの心がいかにすばらしいかを改めて教えられます。
西本鶏介(にしもとけいすけ)
1934年、奈良県に生まれる。児童文学の評論・創作・民話研究など幅広く活躍。各種の児童文学賞の選考委員をつとめる。昭和女子大学文学部教授。各ジャンルにわたって著書は多いが、読み聞かせのための本として『読みきかせ日本昔ばなし(10巻)』(小学館)『童話が育てる子どもの心』(同)『子どもとお母さんのためのお話(日本・外国)』(講談社)、『こどもと大人のためのメルヘン・グリム童話(1)・(2)』(ポプラ社)、絵本に『お母さん、ひらけゴマ!』(同)などがある。

















