作家紹介

こどもの本を考える:西本鶏介
No.119中島らもさんの書いた父親像

女性上位の風潮によるのか、平成時代の児童文学に登場する父親は、母親に比べてめっきり弱くなったような気がします。物わかりがよくて、やさしくて、ぼくが子ども時代の頑固でたくましい父親像はすっかり影をひそめてしまいました。
だから中島らもさんの『お父さんのバックドロップ』(学習研究社・平成元年十二月刊)が出た時、自分の思い通りの生き方をしているお父さんの姿に感激して「この本は面白いよ」と吹聴してまわり、教科書の中のおすすめ本リストにも取りあげたほどです。

子どもより子どもっぽい変なお父さんを主人公にした四つの物語ですが、中でも表題作にもっとも強く心を動かされました。下田くんのお父さんは有名な悪役プロレスラー。もう四十三才だが、家族のために必死でからだをきたえ、悪役を演じ続けている。だが下田くんは元オリンピックのレスリング選手だったお父さんが本当の勝ち負けのない世界で生きていることを批判して尊敬できないといい切る。 そんな下田くんのためにお父さんはクマ殺しの異名をとる百九十八センチ、百二十キロの天才空手家の黒人に挑戦状をつきつける。そして血みどろになって本気で闘う。殺されるかもしれない。テレビを見ていた下田くんは、たまらずタクシーで国技館にかけつけ、リングサイドから「お父さあん!」と叫ぶ。
その時、お父さんの死に物ぐるいのバックドロップによって相手はマットの上にはげしく打ちつけられる。おかしくって、切なくて思わず胸が熱くなる、まさに男ぶりの物語でした。

中島らもさんはユニークな個性を持つ作家です。それ故、子どもの文学を書いても実に面白い。こんな作品をもっと書いてほしいと思っていたのに、先日、酒に酔って転んで、亡くなってしまいました。悲しいけれど無頼派作家らしい壮絶な最後でした。もう子どもみたいにすてきなお父さんを描 いた児童文学は生まれてこないかもしれません。『お父さんのバックドロップ』が映画化され、もうすぐ公開されるそうです。ぜひ見てみたいものです。

西本鶏介(にしもとけいすけ)

1934年、奈良県に生まれる。児童文学の評論・創作・民話研究など幅広く活躍。各種の児童文学賞の選考委員をつとめる。昭和女子大学文学部教授。各ジャンルにわたって著書は多いが、読み聞かせのための本として『読みきかせ日本昔ばなし(10巻)』(小学館)『童話が育てる子どもの心』(同)『子どもとお母さんのためのお話(日本・外国)』(講談社)、『こどもと大人のためのメルヘン・グリム童話(1)(2)』(ポプラ社)、絵本に『お母さん、ひらけゴマ!』(同)などがある。

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