作家紹介
こどもの本を考える:西本鶏介
No.111風土性豊かなファンタジー
「水仙月の四日」、「鹿踊りのはじまり」など宮沢賢治の童話には民話的要素が強く、それが風土性豊かなファンタジーとして独自の味わいを与えてくれます。西欧のファンタジーのような魔法はなくても不思議な出来事が実在感をもって迫ってくるのは、そこに描かれる風景が私たちの共感できる古里というイメージを失っていないからです。
そんな古里が忘れられ、都会も田舎も画一化されていく今日、賢治のような作品はもう描かれないのかと思っていたら、日本人ならではの自然観や情感を持つすぐれたファンタジー作品に出会うことができました。
本のタイトルは『人形の旅立ち』(長谷川摂子作・福音館書店)。氏神の境内にある荒神さん(楠の巨木)の根元に捨てられたひな人形たちが満月の夜、そのうろの中に広がる海へつぎつぎと身をおどらせるという表題作を初めとして、腸チフスで死んだ少女の霊が祖母の作った着物を着て家庭菜園に現われる「椿の庭」、結核で寝ている妹が厠の戸の向うにすばらしい草原を見る「妹」、町の人から気のふれた女と思われている老婆が、なくなった娘の身がわりに古い市松人形をハンモックにのせて遊ばせる「ハンモック」、三味線を弾く旅芸人の女が一晩だけ泊ることを許されたお堂の中で三味線を弾き、額に描かれた観音さまたちを踊らせる「観音の宴」の五編が収められていて、いずれの作品も息をのむ迫力があります。とりわけ、霊肉(人魚の肉)を食べてしまったために八百年も生きなくてはならない旅芸人の悲しみを描いた「観音の宴」は、胸を打たずにおきません。観音さまたちを踊らせる三味線の音はまさに言葉で奏でる音楽といってもいいほどです。 作者の古里である出雲地方に生きる人たちの心の中にある闇と光が、しなやかな文体と美しくも切ないひびきを持つ方言の会話によって鮮やかにとらえられています。これらのファンタジーには、私たちが失ってはならない自然や神仏に対する素朴な祈りがあります。
西本鶏介(にしもとけいすけ)
1934年、奈良県に生まれる。児童文学の評論・創作・民話研究など幅広く活躍。各種の児童文学賞の選考委員をつとめる。昭和女子大学文学部教授。各ジャンルにわたって著書は多いが、読み聞かせのための本として『読みきかせ日本昔ばなし(10巻)』(小学館)『童話が育てる子どもの心』(同)『子どもとお母さんのためのお話(日本・外国)』(講談社)、『こどもと大人のためのメルヘン・グリム童話(1)・(2)』(ポプラ社)、絵本に『お母さん、ひらけゴマ!』(同)などがある。

















