作家紹介

こどもの本を考える:西本鶏介
No.105読み聞かせの本当の目的

いまや全国各地で読み聞かせ運動が盛んです。しかし、よくよく考えてみれば読み聞かせというのは、こどもに読書の楽しさを知ってもらう手段であって、本当の目的はみずから本を読むこどもになってもらうことです。自分で本を読めない幼児はともかく、小学生になっても中学生になっても読み聞かせというのでは、みずから本を読む習慣が身につかず、本は耳で聞くためのものになってしまいます。

だれだって自分で読むより人に読んでもらう方が楽だし、むつかしい漢字を辞書で調べる必要もありません。こどもの本は読み聞かせをする大人たちのためにあるのではなく、自分で本を読むこどもたちのためのものであることを忘れてほしくありません。こどもに本を読んであげたいというボランティアが増えていくのはうれしいけれど、本当の目的だけはしっかりと自覚してほしいと思います。

《むかし或る深山(みやま)の奥に、一匹の虎住みけり。幾星霜(いくとしつき)をや経たりけん、躯尋常(からだよのつね)の犢(こうし)よりも大(おおき)く、眼は百錬の鏡を欺き、鬚(ひげ)は一束(ひとつか)の針に似て、一度吼(ほ)ゆれば声山谷を轟(とどろ)かして、梢の鳥も落ちなんばかり。》

これは明治二四年に出版された巖谷小波(いわやさざなみ)の少年文学『こがね丸』の書き出しのところです。今日、この文語体の文章をルビなしですらすら読める人は大人だって少ないでしょう。しかし、この本は当時のこどもたちに圧倒的な人気を得てベストセラーになりました。

たとえこどもであっても自分で努力をすれば、どんな本だって読むことができるのです。こどもの本が少なかった戦時中のこどもでも、むつかしいはずの大人の小説を必死に読むことでその面白さを知ることができました。その気になれば文語体の本でもすらすらと読むことができます。読み聞かせの延長としてCDもカセットもあるけれど、目で活字を追いながらじっくりと楽しみながら読むことこそが本当の読書であり、その感動がいつまでも心に残ることになるのです。

西本鶏介(にしもとけいすけ)

1934年、奈良県に生まれる。児童文学の評論・創作・民話研究など幅広く活躍。各種の児童文学賞の選考委員をつとめる。昭和女子大学文学部教授。各ジャンルにわたって著書は多いが、読み聞かせのための本として『読みきかせ日本昔ばなし(10巻)』(小学館)『童話が育てる子どもの心』(同)『子どもとお母さんのためのお話(日本・外国)』(講談社)、『こどもと大人のためのメルヘン・グリム童話(1)(2)』(ポプラ社)、絵本に『お母さん、ひらけゴマ!』(同)などがある。

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