作家紹介
こどもの本を考える:西本鶏介
No.168『カフカの絵本』
絵本にもいろいろありますが、実存主義文学の絵本(『カフカの絵本』・小学館)が出版されるなんて夢にも思いませんでした。不安と孤独にさいなまれる不条理な社会であればこそカフカの文学を読みなおしてほしいとの意図かもしれませんが、『変身』はともかく、正直いって彼の文学は難解です。大人のための絵本ではなく、小学校高学年向で「成長期の青少年がカフカに入門するきっかけになる本」というのですから編集者の熱意がよくわかります。収められているのは、突然、部屋の中に置かれていたタマゴから生まれたコウノトリを育てながら、その恩返しとして南の国へ連れていってほしいと願う男のことを描いた「恩返し」、いつも空中で生活をしているブランコのり芸人の自己否定の悩みと、その悩みから開放してあげようとする団長との葛藤を描いた「初めての悩み」、父の形見である顔は猫で、からだが羊という奇妙な動物とぼくとの交流を描いた「羊猫」の短い作品が三篇。もちろん、こんな単純な言葉では説明のつかない、カフカならではの内面的な経験が非日常世界を通して表現されています。この本の帯にある「生まれてきてどうするの?」、「どうやって生きていけばいいの?」、「どうしてこんな動物が一匹だけいるの?」という三篇についての問いかけはわかるとしても、それを読みとるのはなかなかに困難です。格調のあるリアルな絵で不可思議な世界を現実化してみせるところは興味をひきますが、ファンタジーとは異なるカフカ独自のイメージからは少し遠いように思います。この絵本の文を書いたのはミラノ在住の日本人オペラ歌手ですが、この絵本についての親切な解説をつければ、もっと子どもたちになじめるような気もするのですが。ともあれ、カフカ作品の絵本化という大胆さにおどろいたり、感心したり。せっかくの絵本ですから一人でも多くの人に読んでほしいと思います。実存主義文学ってなんだ? と首をかしげる若者が後をたたないのですから。
(2009年6月号)
西本鶏介(にしもとけいすけ)
1934年、奈良県に生まれる。児童文学の評論・創作・民話研究など幅広く活躍。各種の児童文学賞の選考委員をつとめる。昭和女子大学文学部教授。各ジャンルにわたって著書は多いが、読み聞かせのための本として『読みきかせ日本昔ばなし(10巻)』(小学館)『童話が育てる子どもの心』(同)『子どもとお母さんのためのお話(日本・外国)』(講談社)、『こどもと大人のためのメルヘン・グリム童話(1)・(2)』(ポプラ社)、絵本に『お母さん、ひらけゴマ!』(同)などがある。

















